仮面舞踏会の哀愁:ゴマノハグサ科の解散と再結成

sunbrittenia
photo: by nonioke copyright reserved

 ゴマノハグサ科の解体は、植物分類学における劇的な変更の一つです。ゴマノハグサ科は、クロンキスト体系(1981)では約200~300属、3000~5000種を含む大きな科でした。しかし、最新の分類体系であるAPG IV (2016) では、約56~65属、約1200~2100種と大幅に縮小されました。多くの色彩豊かで容姿麗しい園芸種が、オオバコ科に移動しました。寄生植物や半寄生植物もハマウツボ科に移動しました。一世を風靡し華やかであった饗宴は幕を閉じました。一方、フジウツギ(ブッドレヤ)属やハマジンチョウ属はゴマノハグサ科に編入されました。

 分子系統学的研究が示した他科との意外な関係性は、これまでの形態学的分類の限界を示すとともに、植物の進化における収斂進化の重要性を浮き彫りにしました。この「解散と再結成」は、植物の適応戦略の多様性を反映しており、生態学研究に新たな視点をもたらしました。

目次

クロンキスト体系時代からAPG IVへの変遷

 クロンキスト体系時代、ゴマノハグサ科は多様な植物を含む大規模な科として認識されていました。この科には、キンギョソウ、ジギタリス、ペンステモンなどの園芸的に重要な植物から、ストロビランテス、オロバンキなどの寄生植物まで、幅広い種類の植物が含まれていました。

 しかし、分子系統学的研究の進展により、ゴマノハグサ科の単系統性に疑問が投げかけられるようになりました。APG III(2009年)では、ゴマノハグサ科の一部の属が他の科に移動されましたが、まだ大規模な再編は行われていませんでした。

 APG IV(2016年)で、ゴマノハグサ科は劇的に再編されました。この再編により、従来のゴマノハグサ科は以下のように分割されました。

  • ゴマノハグサ科(Scrophulariaceae):大幅に縮小され、ゴマノハグサ属(Scrophularia)やブッドレア属(Buddleja)などが含まれる。
  • オオバコ科(Plantaginaceae):ウンラン属(Linaria)、キンギョソウ属(Antirrhinum)、ペンステモン属(Penstemon)、ジギタリス属(Digitalis)、クワガタソウ属(ベロニカ属)などが移動。
  • ハマウツボ科(Orobanchaceae):多くの寄生植物や半寄生植物が移動。
  • ハエドクソウ科(Phrymaceae):サギゴケ属が移動。
  • フジウツギ科(Phrymaceae):ミゾホオズキ属(Mimulus)などが移動。
  • キリ科(Paulowniaceae):キリ属(Paulownia)が独立。
  • カルセオラリア科(Calceolariaceae):キンチャクソウ属(Calceolaria)が独立。
  • アゼナ科(Linderniaceae):アゼナ属(Lindernia)が独立。

 この再編は、ゴマノハグサ科の「仮面舞踏会」が終わり、真の系統関係に基づいた分類が始まったことを意味します。

寄生植物や半寄生植物の分類の変化

 ゴマノハグサ科の再編において、特に注目されるのは寄生植物や半寄生植物の扱いです。これらの植物の多くは、APG IVでハマウツボ科(Orobanchaceae)に移動されました。主な変更点は以下の通りです。

  • ハマウツボ属(Orobanche):完全寄生植物で、従来からハマウツボ科に分類されていました。
  • ストロビランテス属(Striga):半寄生植物で、ゴマノハグサ科からハマウツボ科に移動。
  • コシオガマ属(Phtheirospermum):半寄生植物で、ゴマノハグサ科からハマウツボ科に移動。
  • シオガマギク属(Pedicularis):半寄生植物で、ゴマノハグサ科からハマウツボ科に移動。

 分子系統学的研究により、これらの植物が共通の祖先から進化したことが明らかになりました。

収斂進化と形態学的分類への影響

 収斂進化とは、異なる系統の生物が類似した環境に適応した結果、似たような形態や機能を獲得する現象です。ゴマノハグサ科の旧分類において、収斂進化は大きな影響を与えていました。

 例えば、寄生植物や半寄生植物の多くは、寄生という生活様式に適応した結果、類似した形態を持つようになりました。これらの植物は、葉緑素の減少や根の特殊化など、共通の特徴を持っています。そのため、形態学的特徴のみに基づいて分類すると、これらの植物を同じグループに分類してしまう傾向がありました。

 また、花の形態も収斂進化の影響を受けています。例えば、キンギョソウやペンステモンなどの植物は、特定の昆虫を誘引するために類似した花の形態を進化させました。これらの植物は、形態学的には類似していますが、分子系統学的には異なるグループにに属しています。

 このように、収斂進化はゴマノハグサ科の旧分類において、誤った分類を引き起こす要因の一つとなっていました。分子系統学的研究の進展により、収斂進化の影響を排除し、より正確な分類が可能になりました。

分子系統学的研究による新たな知見と再結成

 分子系統学的研究は、ゴマノハグサ科の分類に革命をもたらしました。主に葉緑体DNAや核リボソームDNAの解析、さらには複数の遺伝子を用いた包括的な系統解析により、形態学的特徴だけでは分からなかった植物間の類縁関係が明らかになりました。

 その結果、従来のゴマノハグサ科は多系統群であることが判明し、先に挙げたような大幅な再編が行われました。多くの植物が他の科に移動した一方で、以前は別の科に分類されていた植物がゴマノハグサ科に編入されました。

 例えば、フジウツギ属(Buddleja)とハマジンチョウ属(Myoporum)は、以前はそれぞれフジウツギ科とハマジンチョウ科に分類されていましたが、分子系統学的研究の結果、ゴマノハグサ科に編入されました。これらの植物は、形態学的にはゴマノハグサ科の他の植物とは大きく異なりますが、DNA配列の解析により、ゴマノハグサ科に属することが明らかになりました。

 今後、分子系統学的研究が進展することで、ゴマノハグサ科の分類はさらに洗練されていくと考えられます。

ゴマノハグサ科の代表的な花

 新しく定義されたゴマノハグサ科には、依然として魅力的な花を咲かせる植物が多く含まれています。

  • ゴマノハグサ(Scrophularia ningpoensis):小さな褐色がかった花を咲かせ、伝統的な漢方薬としても利用されています。
  • ブッドレア(Buddleja davidii):「バタフライブッシュ」として知られ、蝶を引き寄せる紫色の花穂を持ちます。
  • フィゲリウス(Phygelius capensis):「ケープフクシア」とも呼ばれ、鮮やかな赤色の筒状の花を咲かせます。
  • ジャメスブリテニア(Jamesbrittenia):アフリカ南部、スーダン、エジプト、インド原産の豊富な花を咲かせる常緑低木で、園芸用に多くの品種やハイブリッド品種が開発されています。南アフリ原産のサンブリテニアは園芸用ハイブリッド品種です。
    jamesbrittenia
  • ヘーベ(Hebe):ニュージーランド原産の常緑低木で、小さな花を密集させて咲かせます。

 これらの植物は、形態学的には大きく異なりますが、分子系統学的には近縁であることが確認されています。

魅力的な園芸種

 ゴマノハグサ科の再編により、多くの人気のある園芸種が他の科に移動しましたが、新しいゴマノハグサ科にも魅力的な園芸種が含まれています。

  • ブッドレア ‘ブラックナイト’:濃い紫色の花穂が特徴的で、蝶を引き寄せる人気の品種です。
    photo: by HiC
  • ヘベ ‘ワイリーキー’:コンパクトな樹形と青紫色の花が魅力的な品種です。
  • フィゲリウス ‘パッショネイト’:鮮やかなオレンジ色の花を咲かせる品種で、ハンギングバスケットなどに適しています。

 これらの園芸種は、コンパクトな樹形や長期間にわたる開花期間など、園芸的に優れた特性を持っています。

稀少な園芸種

 ゴマノハグサ科には、一般的な園芸市場ではあまり見かけない稀少な種も含まれています。

  • ジョウブラジナ(Jaubertia aucheri):中東原産の低木で、小さな黄色い花を咲かせます。乾燥に強い特性を持ちますが、栽培は難しいとされています。
  • エモリア(Emorya suaveolens):メキシコ原産の低木で、芳香のある白い花を咲かせます。乾燥地帯を好む特性があり、一般的な園芸環境での栽培は困難です。

 これらの稀少種は、その特殊な生育環境や栽培の難しさから、一般の園芸愛好家にはあまり知られていませんが、植物学的には非常に興味深い存在です。

ゴマノハグサ科の未来

 ゴマノハグサ科の大規模な再編は、植物分類学における重要な転換点となりました。今後、この新しい分類体系に基づいて、さらなる研究が進められることが期待されます。この科には伝統的に薬用として利用されてきた植物が多く含まれ、薬理学的研究の発展も望まれます。

SNS : )
  • URLをコピーしました!
目次