ユリ科の大分裂
クロンキスト体系や新エングラー体系などの旧分類体系からAPG体系への移行で、大きな出来事として「ユリ科の大分裂」が話題になります。「ユリ科の大分裂」とは、果たしてどのような状況だったのでしょうか?
単子葉植物の分類:目レベルの分裂
単子葉植物の分類を、旧体系のクロンキスト体系および新エングラー体系、新体系のAPG体系で並べてみます。背景薄オレンジの目はAPG体系で消滅した目を、背景薄青の目は新たに登場した目を示しています。
クロンキスト体系と新エングラー体系を比較すると、異なる目はイネ目だけで、両者間には対応する目が存在します。ところが、旧体系とAPG体系を比較すると、多くの目が消滅しています。旧体系のユリ目はAPG体系ではユリ目、キジカクシ(クサスギカズラ)目、サクライソウ目、オモダカ目、ヤマイモ目に分裂し、旧体系のサトイモ目もAPG体系ではショウブ目とオモダカ目に分裂しました。新たに登場したキジカクシ目は、旧体系のユリ目の大半とラン目が集合して大きな目になりました。また、イネ目も旧体系のイネ目、イグサ目、パイナップル目、カヤツリグサ目からなる巨大な目になりました。この過程で、ラン目、パイナップル目、サトイモ目、カヤツリグサ目などが消滅しました。このように旧体系からAPG体系への変化をみると、「ユリ”目”の大分裂」は、もはや単子葉植物の目レベルの再編成と言える状況でした。
ユリ目下層の科レベルの分裂
ユリの分裂は単子葉植物の目レベルの大きな統廃合でした。では、ユリ目下層の科レベルではどうだったのでしょうか。旧体系のユリ目に属した科がAPG体系でどのように変化したのでしょう。旧体系のユリ目に属した科が、APG体系でも変わらずにユリ目であるものは背景灰色になっています。
ユリ目下層の科の構成は、クロンキスト体系と新エングラー体系では異なります。APG体系でもユリ目に留まったのはユリ科の一部だけで、他の大部分はユリ目を飛び出しています。多くはキジカクシ目に移動し、他はヤマノイモ目、ツユクサ目、タコノキ目に移動しています。ユリ目を構成する多くの科が他目に移り、APG体系のユリ目は一気に縮小しました。
ユリ科下層の属レベルの分裂
ユリの分裂は科レベルでも大きな変動がありました。ではさらに下層の属レベルではどうだったのでしょう。クロンキスト体系のユリ目ユリ科を構成した属について、APG体系での変化を見てみます。APG体系でも変わらずにユリ目ユリ科であるものは背景灰色になっています。
クロンキスト体系のユリ目ユリ科のおよそ160属うち、APG体系でもユリ目ユリ科にとどまったのは、およそ30数属のみでした。残りの大半はユリ目ユリ科を飛び越えて、キジカクシ目に移動しました。他にヤマノイモ目、サクライソウ目、タコノキ目に移動する属もありました。
以上のように、ユリの分裂を眺めてみると、目ー科ー属におよぶ深い裂け目であったことがわかります。それは分裂というより、ユリから形態学的類似植物をそぎ落とす分子系統学の大ナタの一撃でした。この一撃により、クロンキスト体系と新エングラー体系のユリ分類は原形すら留めない状況になりました。
キジカクシ目の台頭
分子系統学の発展により、形態学的特徴だけでは捉えきれなかった植物の系統関係が明らかになりました。キジカクシ目の登場は、この新たな知見に基づく分類体系の再構築の結果です。
分子系統解析により、従来のユリ目やラン目に属していた多くの科が、実は共通の祖先から進化した単系統群を形成していることが判明しました。この群の代表的な属としてアスパラガス(Asparagus)が選ばれ、キジカクシ目(Asparagales)という名称が与えられました。アスパラガスがタイプ種に選ばれた理由は、この属が新しい目の特徴を典型的に示すからです。例えば、花被片が6枚で2輪に配列される点や、子房が下位である点などが挙げられます。また、アスパラガスは広く知られた園芸植物であり、分類学者以外の人々にも親しみやすい名称となりました。
キジカクシ目の成立により、旧来のユリ目とラン目の多くの科が統合されました。この再編成は、形態的には異なって見える植物群が、実は遺伝的に近縁であることを示しています。例えば、ヒガンバナ科、ネギ科、アガパンサス科などが、ランと同じ目に分類されるようになりました。キジカクシ目は、約24科(亜科を含む)、約1200属、約25000種の巨大な分類群になりました。そして、その約80%をラン科が占めています。
キジカクシ目に関する重要なトピックスとしては、以下のようなものが挙げられます:
- 多様性:キジカクシ目は約25,000種を含む大きな分類群で、単子葉植物の約1/4を占めています。
- 経済的重要性:食用植物(ネギ、タマネギ、ニンニクなど)や園芸植物(ラン、ユリ、アガパンサスなど)が多く含まれます。
- 進化の速度:キジカクシ目の中でも、特にランは急速な進化を遂げており、適応放散の好例となっています。
- 共生関係:多くの種が菌根菌と共生関係を持ち、特にランでは顕著です。
キジカクシ目の今後
キジカクシ目は、今後も以下の点で科学技術の進歩と環境変化によって大きく影響を受けると思われます。
- 保全生物学:気候変動や生息地の破壊により、多くの種が絶滅の危機に瀕しています。特に、ランの多くの種は環境の変化に敏感であり、保全活動が重要になってきています。
- 園芸技術の発展:バイオテクノロジーの進歩により、新しい品種の開発や希少種の大量増殖が可能になるでしょう。これにより、より多様で魅力的な園芸品種が生み出される一方で、自然の遺伝的多様性の保全にも注意を払う必要があります。
- 薬用植物研究:キジカクシ目には薬用植物として利用される種が多く含まれています。例えば、アロエやニンニクなどは古くから薬用として知られていますが、今後も新たな薬効成分の発見や医薬品開発への応用が期待されます。
- 環境適応研究:キジカクシ目の中には、極端な環境に適応した種が多く存在します。例えば、乾燥に強いアロエやユッカなどの研究は、気候変動に対応した作物開発に貢献する可能性があります。
- 共生関係の研究:キジカクシ目の植物が生態系で果たす役割、特に昆虫との共進化関係や菌根菌との共生関係などの研究が進むことで、生態系の保全や持続可能な農業に新たな知見をもたらす可能性があります。
- バイオミミクリー:キジカクシ目の植物の中には、独特の構造や機能を持つものが多くあります。例えば、ランの花の複雑な構造や、アロエの水分保持能力などは、工学的応用の可能性を秘めています。
キジカクシ目に属する植物たちの多様性と適応能力は、私たちに多くの恩恵をもたらしてきました。今後も、これらの植物の研究と保護を通じて、人類の持続可能な発展に貢献することが期待されます。
ユリに対する「分子系統学の大ナタ」によってもたらされた変革は、キジカクシ目の進化と多様性に関する私たちの理解を深めました。キジカクシ目の台頭は、科学の進歩がいかに私たちの世界観を変え得るかを示す象徴的な出来事であったと言えます。
キジカクシ目の一般的な園芸種(ラン科を除く)
キンバイザサ科 (Hypoxidaceae)
テコフィレア科 (Tecophilaeaceae)
ツルボラン科 (Asphodelaceae)
- アロエ・ベラ (Aloe vera)
- キダチアロエ (Aloe arborescens)
- ハオルチア (Haworthia fasciata)
- ガステリア (Gasteria carinata)
- クサスゲリア (Gasteraloe ‘Green Ice’)
ヒガンバナ科 (Amaryllidaceae)
- アマリリス (Hippeastrum hybridum)
- スイセン (Narcissus spp.)
- ネリネ (Nerine bowdenii)
- クンシラン (Clivia miniata)
- ハマユウ (Crinum asiaticum)
- ヒガンバナ (Lycoris radiata)
- アガパンサス (Agapanthus africanus)
- ニンニク (Allium sativum)
- タマネギ (Allium cepa)
キジカクシ科 (Asparagaceae)
- アスパラガス (Asparagus officinalis)
- ドラセナ (Dracaena marginata)
- サンスベリア (Sansevieria trifasciata)
- ユッカ (Yucca elephantipes)
- オリヅルラン (Chlorophytum comosum)
- ヒヤシンス (Hyacinthus orientalis)
- ムスカリ (Muscari armeniacum)
- チューベローズ (Polianthes tuberosa)
- ハラン (Aspidistra elatior)
- リュウゼツラン (Agave americana)
- ホスタ (Hosta spp.)
- ツルボ (Scilla scilloides)
- ノシラン (Ophiopogon japonicus)
- ジャノヒゲ (Ophiopogon planiscapus)
- ヤブラン (Liriope muscari)
- ラケナリア(Lachenalia spp.)
- アガペ(Agave spp.)
- ガルトニア(Galtonia candicans)
- シラー(Scilla spp.)
- スズラン(Convallaria majalis)
- チオノドクサ(Chionodoxa spp.)
- トリテレイア(Triteleia spp.)
- プシュキニア(Puschkinia scilloides)
- マイヅルソウ(Maianthemum dilatatum)
- カマシア(Camassia spp.)
キジカクシ目の魅力的な園芸種(ラン科を除く)
- テコフィラエア (Tecophilaea cyanocrocus) – テコフィレア科
- ネリネ・サルニエンシス (Nerine sarniensis) – ヒガンバナ科
- ハエマンサス・コッキネウス (Haemanthus coccineus) – ヒガンバナ科
- ブルンスビギア・ヨセフィナエ (Brunsvigia josephinae) – ヒガンバナ科
- アガベ・ビクトリアエ・レギナエ (Agave victoriae-reginae) – キジカクシ科
- ベルバリア・トゥルケスタニカ (Bellevalia turkestani) – キジカクシ科
- マッソニア・プスツラータ (Massonia pustulata) – キジカクシ科
- ラケナリア・アロイデス (Lachenalia aloides) – キジカクシ科
- ヴェロニア・ペダータ (Veltheimia bracteata) – キジカクシ科
- クリヌム・ムーレイ (Crinum moorei) – ヒガンバナ科
稀少なキジカクシ目の植物(ラン科を除く)
- ラナリア・ラナタ (Lanaria lanata) – ラナリア科
- クセロネマ・カリフォルニクム (Xeronema callistemon) – クセロネマ科
- ドリアンテス・エクセルサ (Doryanthes excelsa) – ドリアンテス科
- イキシオリリオン・タタリクム (Ixiolirion tataricum) – イキシオリリオン科
- ヘスペロカリス・ウンドゥラタ (Hesperocallis undulata) – キジカクシ科