キク科の仲間たち:DNAが明かす新事実

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Blue_Pin_Cushion photo: by nonioke copyright reserved
目次

新分類が示す新たな近縁関係

 植物の世界で最も多様で魅力的な花々を誇るキク目。その分類体系が、近年の分子系統学的研究により大きく変わりつつあります。この変革は、単なる学術的な興味にとどまらず、農業や薬学など、私たちの日常生活にも影響を与える可能性を秘めています。

旧体系から新体系への変化

 従来のキク目の分類は、主に形態学的特徴に基づいて行われてきました。しかし、DNA解析技術の発展により、分子系統学的アプローチが可能になり、植物の進化の過程をより正確に追跡できるようになりました。この新しいアプローチにより、キク目の分類体系は大きく変更されることとなりました。旧体系ではキク目に属するのは、キク科のみでしたが、APG IV分類体系では以下のような構成になりました。

APG IV分類体系におけるキク目 (Asterales) の構成:

  1. Rousseaceae – 4属13種
  2. キキョウ科 (Campanulaceae) -ミゾカクシ科 (Lobeliaceae) を含む 84属2380種
  3. ユガミウチワ科 (Pentaphragmataceae) – 1属30種
  4. アルセウオスミア科 (Alseuosmiaceae) – 4属10種
  5. フェリネ科 (Phellinaceae) – 1属12種
  6. アルゴフィルム科 (Argophyllaceae) – 2属21種
  7. スティリディウム科 (Stylidiaceae) -ドナティア科 (Donatiaceae) を含む 3属245種
  8. ミツガシワ科 (Menyanthaceae) – 5属58種
  9. クサトベラ科 (Goodeniaceae) – 12属430種
  10. カリケラ科 (Calyceraceae) – 4属60種
  11. キク科 (Asteraceae) – 1620属23600種

 この新しい分類では、以前は別の目や科に分類されていた多くのグループがキク目に統合されています。特に注目すべき点は:

  1. キキョウ科にミゾカクシ科が含まれるようになった。
  2. スティリディウム科にドナティア科が統合された。
  3. 以前は別々に分類されていた多くの小さな科がキク目に含まれるようになった。

 この再編成により、キク目はより包括的なグループとなり、以前は別々に扱われていた多くの植物群の関係性がより明確になりました。キク科は依然としてこの目の中で最大の科であり、最も多様な種を含んでいます。

キク目における分子系統学的所見

 キク目の分子系統学的研究は、この目に属する植物群の進化的関係をより詳細に解明し、従来の形態学的分類に基づく理解を大きく進展させました。以下が主要な発見と知見を示しています:

  1. キク科とマツムシソウ科の関係:
    分子系統解析により、キク科とマツムシソウ科が姉妹群であることが確認されました。これらの科は約8000万年前に共通祖先から分岐したと推定されています。この発見は、両科の形態的類似性が収斂進化ではなく、共通の祖先に由来することを示唆しています。
  2. キク科内の系統関係:
    キク科内部の系統関係も大きく見直されました。例えば、従来別の族に分類されていたムカシヨモギ属(Artemisia)とキク属(Chrysanthemum)が実は近縁であることが明らかになりました。これにより、花の形態の進化過程がより詳細に理解されるようになりました。
  3. リンドウ科の再編成:
    分子系統解析により、従来リンドウ科に含まれていたいくつかの属が、実は他の科に属することが判明しました。例えば、ミツガシワ属(Menyanthes)は現在ミツガシワ科として独立しています。これは、葉の形態や生育環境の類似性が必ずしも近縁性を示すものではないことを示しています。
  4. キキョウ科の再定義:
    キキョウ科内の系統関係も大きく見直されました。例えば、ホタルブクロ属(Campanula)とキキョウ属(Platycodon)が予想以上に遠縁であることが判明し、花の形態の平行進化が示唆されています。
  5. 寄生植物の起源:
    キク目に含まれる寄生植物(例:ヤドリギ科)の起源と進化過程が明らかになりました。これらの植物が独立に複数回寄生生活に適応したことが示され、寄生への適応に伴う遺伝子の変化や喪失のパターンが解明されつつあります。
  6. 花の対称性の進化:
    キク目内での花の対称性(放射相称と左右相称)の進化パターンが明らかになりました。例えば、キク科内で左右相称の花が複数回独立に進化したことが示されています。これは、送粉者との共進化を理解する上で重要な知見です。
  7. 染色体進化の解明:
    分子系統学と細胞遺伝学的手法を組み合わせることで、キク目内での染色体数の変化や倍数性の進化過程が明らかになりつつあります。これは、種分化のメカニズムを理解する上で重要な情報を提供しています。

 これらの分子系統学的知見は、キク目植物の分類体系を大きく改訂するだけでなく、進化生物学的な理解を深めることにも貢献しています。例えば、形態的特徴の収斂進化や平行進化の実例を多数提供し、適応放散のメカニズムの解明にも役立っています。

キク目キク科における旧体系から新体系への変化

 キク科は、キク目の中で最大かつ最も多様な科です。新しい分類体系においても、キク科の重要性は変わりませんが、内部の分類に大きな変更がありました。旧体系では、キク科は主に花の形態に基づいて分類されていました。

キク科の形態学的特徴:

  1. 頭状花序:多数の小花が集まって一つの大きな花のように見える特徴的な花序。
  2. 総苞:頭状花序の基部を取り巻く葉状の構造。
  3. 舌状花と筒状花:多くの種で外側に舌状花、中心に筒状花を持つ。
  4. 冠毛:種子の上部にある毛状の構造で、風による種子の散布を助ける。

 新体系では分子系統学的データに基づいて再編成されています。例えば、従来は別々の族に分類されていた属が同じ族にまとめられたり、逆に同じ族だと考えられていた属が異なる族に分けられたりしています。

 また、一部の属は他の科に移動されました。例えば、カラタチバナ属(Calycera)は、新しい分類ではカラタチバナ科(Calyceraceae)として独立しています。

キク科の中の分類(亜科や連など)

 新しい分類体系では、キク科は主に12の亜科と約35の連に分けられています。主要な亜科と連およびその園芸種を以下に示します:

  1. Barnadesioideae (バルナデシア亜科)
    • 9属93種、主に南米のアンデス山脈に分布
    • 主な属: Barnadesia
  2. Stifftioideae (スティフティア亜科)
    • 南米とアジアに分布
  3. Mutisioideae (ムティシア亜科)
  4. Wunderlichioideae (ワンダーリキア亜科)
    • 8属24種、主にベネズエラとガイアナに分布
  5. Gochnatioideae (ゴクナチア亜科)
    • 4-5属90種
  6. Hecastocleidoideae (ヘカストクレイス亜科)
  7. Carduoideae (アザミ亜科)
  8. Pertyoideae (ペルティア亜科)
    • 5-6属70種
  9. Gymnarrhenoideae (ギムナレナ亜科)
  10. Cichorioideae (タンポポ亜科)
  11. Corymbioideae (コリンビウム亜科)
  12. Asteroideae (キク亜科)

 この分類は、キク科の多様性と複雑さを示しています。特に、Asteroideae (キク亜科)、Cichorioideae (タンポポ亜科)、Carduoideae (アザミ亜科)の3つの亜科が、種の大部分を含んでおり、園芸的にも重要な種が多く含まれています。

キク目の変化の農業、薬学などに与える意義

 キク目の新分類体系は、単なる学術的な興味にとどまらず、実用的な面でも大きな意義を持っています

農業への影響:

 新しい分類体系により、近縁種間の関係がより明確になったことで、品種改良の可能性が広がりました。例えば、異なる科に分類されていた植物が実は近縁であることが判明し、交配による新品種の開発が可能になるかもしれません。また、病害虫耐性や環境適応性などの有用形質を持つ野生種の探索も、より効率的に行えるようになる可能性があります。

薬学への貢献:

 キク目には多くの薬用植物が含まれています。新しい分類体系により、これらの植物の進化的関係がより明確になったことで、新たな薬用成分の探索や、既知の薬用成分を持つ近縁種の発見などが期待されます。例えば、キク科のヨモギ属(Artemisia)には抗マラリア薬の原料となるアルテミシニンを含む種がありますが、新たな分類体系を基に近縁種を調査することで、より効果的な薬用成分を持つ種が発見される可能性があります。

生態学的研究への影響:

 種間の関係性がより正確に把握できるようになったことで、生態系における植物の役割や相互作用をより深く理解することができるようになりました。これは、生態系の保全や管理に新たな視点をもたらす可能性があります。

将来への期待

 キク目の新分類体系は、将来的に以下のような発展が期待されます:

  1. 園芸・農業分野での革新:
    • キクとカモミール、ヒマワリとダリアなど、近縁種間での新品種開発
    • レタスとチコリの特性を活かした新野菜の創出や病害虫耐性の向上
  2. 薬学研究の進展:
    • ヨモギ属の近縁種からより効果的な薬用成分の発見
    • 既知の薬用植物の近縁種からの新たな有用成分の探索
  3. 生態学的知見の深化:
    • 種間関係の正確な把握による生態系の役割や相互作用の理解
    • 生物多様性保全や生態系管理への新たな視点の提供
  4. 学際的研究の促進:
    • 植物学の基礎研究と応用分野(園芸、農業、薬学、生態学)の連携強化
    • 新知見の活用による生活の質向上や自然環境保全への貢献

 これらの期待される発展は、キク目植物が今後も私たちの生活に多様な恵みをもたらし続ける可能性を示唆しています。

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