豆の家族会議:マメ科の団結力

Lathyrus sativus var.azureus
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 2009年、APG IIIで広義のマメ科(Fabaceae sensu lato)を、分子系統学の成果に基づいて、狭義のマメ科(Fabaceae sensu stricto)と、ジャケツイバラ科(Caesalpiniaceae)、ネムノキ科(Mimosaceae)に分割することが提案されました。

 従来マメ目は、マメ科(Fabaceae sensu lato)、キラヤ科(Quillajaceae)、スリアナ科(Surianaceae)、ヒメハギ科(Polygalaceae)で構成されていましたが、APG IIIでマメ科(Fabaceae sensu stricto)、キラヤ科(Quillajaceae)、スリアナ科(Surianaceae)、ヒメハギ科(Polygalaceae)、ジャケツイバラ科(Caesalpiniaceae)、ネムノキ科(Mimosaceae)となるところでした。

APG III マメ科分割案

広義マメ科の系統樹と旧来の分類

 新エングラー体系など、旧来の形態学的分類でも広義マメ科の分類に、マメ亜科、ジャケツイバラ亜科、ネムノキ亜科の3亜科は用いられてきました。分子系統学で得られた系統樹に、旧体系のマメ亜科(緑線)、ジャケツイバラ亜科(青線)、ネムノキ亜科(オレンジ線)を書き込んでみます。

広義マメ科系統樹と分類亜科

 系統樹に旧体系の亜科を重ねてみると、マメ亜科(緑線)は単系統群、ネムノキ亜科(オレンジ線)はオジギソウ連が外れましたがほぼ単系統群を維持しています。一方、ジャケツイバラ亜科(青線)は、系統樹の基底部から分枝を繰り返し、さまざまな連や属に分かれた結果、側系統群になっています。系統樹からするとこれは問題で、側系統群や多系統群の名称がある場合、単系統群の名称に分割整理される必要があります。そのため2009年、APG IIIでマメ科の分割が提案されました。

 しかしながら、この分割案は以下の理由で取り消され、一つの大きな科として維持されることになりました。

  • 分類学的な安定性の維持
    • 過去文献との一貫性:過去の知的資産との整合性
    • 命名法の問題:新しい科名にともない多くの新学名が必要
    • 分類体系の頻繁な変更の回避:分子系統学的研究はまだ進行中
  • 実用面での混乱を避けるため
    • 農業と園芸:農業関連の文献、データベース、規制などの大規模な改訂を必要とし、実務者に混乱をもたらす可能性
    • 薬学と医学:薬学関連の文献や規制の改訂を必要とし、医薬品の分類や管理に混乱をもたらす可能性
    • 生態学と保全:窒素固定などの生態系研究や保全計画の再評価を必要し、混乱を招く可能性
    • 教育:教科書や教材の大規模な改訂
    • データベースと情報システム:システムの大規模な更新と検索機能への影響
  • マメ科全体の単系統性が明確であること(マメ科全体を見ると単系統群として問題がない)

 この「家族会議」の結果は、植物分類学が直面する課題、すなわち科学的厳密性と実用的応用のバランスをどう取るかという問題を象徴しています。マメ科の例は、分類と実用の調和を図る上で重要な先例となります。

旧体系ジャケツイバラ亜科の代表的な園芸種

 上記のような理由で、当分の間旧体系のジャケツイバラ亜科は維持されます。ジャケツイバラ亜科の各連における代表的な園芸種を以下に挙げます。

 これらの種は、それぞれの連を代表する園芸的に重要な植物です。多くは目を引く美しい花を咲かせる観賞用植物として、また一部は食用や薬用としても利用されています。

旧体系ネムノキ亜科の代表的な園芸種

 旧体系ジャケツイバラ亜科と同様に、旧体系ネムノキ亜科も当分の間維持されます。旧体系ネムノキ亜科の各連における代表的な園芸種を以下に挙げます。

 これらの種は、ネムノキ亜科の各連を代表する園芸的に重要な植物です。多くは観賞用として庭園や公共の緑地に植えられ、一部は食用や木材としても利用されています。特にアカシア属やネムノキ属の種は、その美しい花や独特の樹形から人気があります。

旧体系マメ亜科と系統樹

 旧体系マメ亜科に関しては、上記二つの亜科とは事情が違います。もともとの広義マメ科(Fabaceae sensu lato)でも、狭義マメ科(Fabaceae sensu stricto)でも、単系統群を維持しています。したがって新たに学名を創出する必要はなく、旧来の名称が使えます。マメ亜科には、食料として重要な種、園芸種として重要な種、窒素固定植物として重要な種が含まれます。

 マメ亜科(Faboideae または Papilionoideae)の分子系統学的作業は進行中ですが、進化を理解するうえで、いくつかの重要なイベントが判明しています。このイベントの位置は、系統樹で青線で示しています。各イベントについては根粒菌との関連や、花の進化との関連など様々な解釈があり、現在も研究が続いています。通常、遺伝学的にあるイベントが発生した後の群は、その形質を引き継ぐ単系統群(clade)になりますが、発生時期の同定で clade に含める連や属が異なってきます。以下は現時点で判明しているイベントを列挙していますが、clade の条件が不確定な場合は clade を付記していません。

50kb-inversion(50kb逆位):


 これは葉緑体ゲノムにおける約50キロベースの領域の逆位を指します。この逆位は、マメ亜科の進化の過程で一度だけ起こったと考えられており、マメ亜科の主要なクレードを区別する重要なマーカーとなっています。

意義:

  • この逆位を持つグループと持たないグループを明確に区別できます。
  • マメ亜科の初期の分岐イベントを理解する上で重要な指標となっています。
  • 系統樹の根元近くでの分岐関係を解明するのに役立ちます。

Genistroid :


 カナバニン生合成遺伝やクロロプラストDNA配列など、Genistoid cladeに特異的な遺伝的マーカーは、マメ科全体の系統関係を解明する上で重要なツールとなっています。。

意義:

  • Genistoid cladeの分布パターンは、大陸移動や気候変動などの地質学的・環境的要因と植物の進化の関係を理解する上で重要な情報を提供しています。
  • このクレード内での窒素固定能力の進化パターンは、マメ科全体での共生窒素固定の進化を理解する上で重要な洞察を提供しています。

Canavanine (カナバニン), NPAAA :


 カナバニンは、多くのマメ科植物に見られる非タンパク質アミノ酸です。カナバニンクレードは、この化合物を生産する能力を持つ分類群のグループを指します(多系統群)。別名NPAAA (Non-protein amino acid-accumulating clade) とも言われます。

意義:

  • 化学的防御機構の進化を示す重要な指標となっています。
  • 系統分類学的に重要で、特定のマメ科グループの単系統性を支持する証拠となっています。
  • 生態学的な観点からも重要で、植食者に対する防御戦略の進化を反映しています。
  • このクレードは、カナバニンを生産する能力を持つ分類群で構成されています。主に以下の連を含みます
    • Crotalarieae
    • Genisteae
    • Podalyrieae
    • Thermopsideae
    • 一部のSophoreae

Hologalegina clade :


 これはマメ亜科の主要なクレードの一つで、コマツナギ連(Indigofereae)、アストラガルス類(Astragalean clade)、ソラマメ類(Vicioids)などを含みます。

意義:

  • このクレードの認識により、マメ亜科内の大規模な系統関係が明確になりました。
  • 多くの重要な農業作物(エンドウ、ソラマメ、レンズマメなど)がこのグループに含まれます。
  • このクレードの構成は以下のようになっています。
    • Robinioid clade(ロビニオイドクレード)
    • IRLC (Inverted Repeat Loss Clade)
    • Astragalean clade(アストラガルス類を含む)
    • Vicioid clade(ソラマメ類を含む)

Inverted Repeat Loss clade (IRLC) :


 IRLCは、葉緑体ゲノムの大きな逆位反復配列(IR)の一方を失ったマメ亜科の大きなクレードを指します。

意義:

  • マメ亜科の進化において重要なイベントを示しており、大規模な系統グループを定義しています。
  • この特徴は、アストラガルス類やソラマメ類など、農業的に重要な多くの属を含むグループを特徴づけています。
  • 葉緑体ゲノムの進化メカニズムを理解する上で重要な事例となっています。
  • このクレードには、Astragalus(ゲンゲ属)やMedicago(ウマゴヤシ属)など、種数が非常に多い属が含まれており、マメ亜科の多様化における重要な役割を示唆しています。
  • IR喪失のメカニズムとその進化的影響の研究は、植物のゲノム進化全般の理解に貢献しています。
  • IRLC内の植物は、根粒菌との共生関係において特殊な特徴を持つことが多く、窒素固定の進化研究にも重要です。

MILL clade :

 MILLは “Mirbelioids, Indigofereae, and some of the Loteae and Liparieae” の略で、これらのグループを含むクレードを指します。

意義:

  • マメ亜科内の重要な系統関係を示しており、これらのグループの共通の起源を示唆しています。
  • 生物地理学的に興味深い分布パターンを示すグループを含んでおり、マメ科の地理的分布と進化の研究に重要です。
  • このクレードの構成は以下のようになっています。
    • Mirbelioids
    • Indigofereae(コマツナギ連)
    • Certain members of Loteae and Liparieae

 これらの遺伝子的指標は、マメ科の系統分類や進化の研究に大きく貢献しており、従来の形態学的分類を補完したり、時には修正したりする重要な役割を果たしています。また、これらの指標を組み合わせて使用することで、より信頼性の高い系統樹を構築することが可能になっています。

旧体系マメ亜科の代表的な園芸種

 旧体系マメ亜科は、およそ476属13860種を擁する巨大な植物群です。旧体系マメ亜科の主な連とその代表的な園芸種を以下に挙げます。

まとめ

 マメ科植物の分類は、分子系統学の発展により大きな変革期を迎えました。2009年にAPG IIIで提案されたマメ科の分割案は、科学的厳密性と実用性のバランスを考慮して取り下げられ、広義のマメ科として維持されることになりました。この決定は、分類学の安定性維持や実用面での混乱回避を重視したものです。

 マメ亜科については、分子系統学的研究により明らかになった重要な進化イベント(50kb逆位、Genistroid clade、カナバニンクレード、Hologalegina clade、IRLC、MILLクレードなど)について説明しました。これらの知見は、マメ科全体の進化や多様化のプロセスを理解する上で重要です。

  最後に、ジャケツイバラ亜科、ネムノキ亜科、マメ亜科ごとに代表的な園芸種を紹介しました。これらには、美しい花を咲かせる観賞用植物や、食用、薬用として重要な種が含まれています。

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