さまよえるムラサキの巨大浮島

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 美しい花々で私たちを楽しませてくれるムラサキ科の植物たち。しかし、その分類の歴史は「さまよえるムラサキ」と呼べるものでした。ムラサキ科の植物たちの魅力と、近年ようやく落ち着いた新天地「ムラサキ目」について覗いてみます。

目次
PAG IV 略図
ムラサキ目 (Boraginales)

形態学から分子系統学へ

 ムラサキ科は約100属、約2,000種という巨大なファミリーを誇り、世界中に分布する多様な植物群です。美しい花々で私たちを楽しませてくれるムラサキ科の植物たち、ワスレナグサの可憐な青い花、ヘリオトロープの甘い香り、ボリジの星形の花など、それぞれに個性的な魅力を持っています。しかし、その分類の歴史は決して平坦ではありませんでした。形態学的特徴に基づく伝統的な分類から、最新の分子系統学的手法による再編まで、ムラサキ科の分類は大きな変遷を遂げてきました。

クロンキスト体系時代 – シソ目への分類

 1980年代まで広く受け入れられていたクロンキスト体系では、ムラサキ科はシソ目に分類されていました。花冠やおしべの数、子房や果実の特徴がシソ目と類似していたことが、分類の根拠となりました。一方、葉の互生や花序、花柱の所見がシソ目とは異なっていることも知られていました。

分子系統学の新たな知見

 1990年代に入り、DNA解析技術の発展により分子系統学が急速に進歩しました。この新しいアプローチは、ムラサキ科の分類に大きな転換をもたらしました。

  • 葉緑体の遺伝子解析:ムラサキ科がシソ目から大きく離れた位置にあることが判明
  • 核リボソームDNAの解析:ムラサキ科が共通の祖先から進化したグループであること強く支持される
  • 複数遺伝子を用いた包括的解析:ムラサキ科がキク類やナス類と近縁であることが示唆される

 これらの研究結果は、形態学的特徴だけでは捉えきれなかった進化の歴史を明らかにしました。ムラサキ科とシソ目の類似した特徴は、実は収斂進化の結果でした。

APG III – 分類の迷宮へ

  2009年に発表されたAPG III(Angiosperm Phylogeny Group III)システムでは、ムラサキ科は独立した科として認識されましたが、どの目にも属さない「孤立した」状態となりました。これは、分子系統学的な位置づけが明確になった一方で、他の科との関係性がまだ十分に解明されていなかったことを反映しています。

APG IV – 新天地ムラサキ目の誕生

 長年の研究の集大成として、2016年に発表されたAPG IVシステムでは、ついにムラサキ科のための新しい目「ムラサキ目(Boraginales)」が設立されました。この決定は、以下の重要な知見に基づいています。

  • ゲノムワイドな遺伝子解析による系統樹の精緻化
  • 形態学的特徴の再評価(特にギノバシック花柱の重要性)
  • 化石記録との整合性(白亜紀後期の化石がムラサキ科の古さを裏付け)

 ムラサキ目の設立は、分子系統学と伝統的な形態学の融合の成果と言えます。現在、ムラサキ目にはムラサキ科1科のみが含まれていますが、今後の研究によってはさらなる再編の可能性が残されています。

ムラサキ科の代表的な花

  1. カリフォルニア ブルーベル (Phacelia campanularia): ほぼ純青に近い花色。青い花が群生すると、まるで青空の一部が地上に降りてきたかのような美しい景観を作り出します。
  2. ワスレナグサ (Myosotis scorpioides): 小さな青い花が愛らしい、忘れな草。ヨーロッパ原産で、その可憐な姿から多くの詩歌や物語に登場します。
  3. ヘリオトロープ (Heliotropium arborescens): バニラの甘い香りを放つ、紫色の小花が密集して咲くヘリオトロープ。ペルー原産で、香水や石鹸の原料としても利用されます。
  4. ネモフィラ (Nemophila menziesii): 青空のような澄んだ青色の花が一面に広がるネモフィラ。北アメリカ原産で、近年、日本でも人気が高まっている園芸種です。
  5. アンチューサ (Anchusa azurea): 鮮やかな青色の花が目を引くアンチューサ。ヨーロッパ原産で、草丈が高く、存在感のある花壇の主役として活躍します。
  6. キュウリグサ (Trigonotis peduncularis): 小さな青い花がキュウリの香りを放つキュウリグサ。日本在来種で、道端や畑などでよく見かける身近な植物です
  7. ボリジ (Borago officinalis): 鮮やかな青い星形の花が美しいボリジ。ハーブとして食用にも利用され、キュウリのような風味があります。
  8. コンフリー (Symphytum officinale): 釣鐘状の紫やピンクの花を咲かせるコンフリー。ハーブとして古くから利用されてきましたが、近年、含有成分の安全性について議論されています。

魅力的な園芸種

  1. エキウム・カンディカンス (Echium candicans):マデイラ島(ポルトガル領)原産の、巨大な円錐形の花序に無数の青紫色の小花を密集させて咲かせるエキウム・カンディカンス。「マデイラの誇り」という英名です。
  2. エキウム・ウィルドプレッティ (Echium wildpretii): カナリア諸島原産の、巨大な円錐形の花序に無数のピンク色の花を咲かせるエキウム・ウィルドプレッティ。その壮大な姿は圧巻です。
  3. ミオソティディウム・ホルテンシア (Myosotidium hortensia): ニュージーランド原産の、光沢のある大きな葉と鮮やかな青色の花が美しいミオソティディウム・ホルテンシア。別名「チャタム島ワスレナグサ」とも呼ばれます。
  4. プルモナリア (Pulmonaria officinalis): ヨーロッパ原産の、ピンク色から青色へと花色が変化するプルモナリア。斑入りの葉も美しく、シェードガーデンに最適です。
  5. オンファロデス (Omphalodes cappadocia): トルコ原産の、鮮やかな青色の花が地面を覆うように咲くオンファロデス。グランドカバーとして人気があります。

稀少なムラサキ

  1. コルディア・セベスティアナ (Cordia sebestena): オレンジ色の鮮やかな花を咲かせるコルディア・セベスティアナ。熱帯アメリカ原産で、日本ではあまり見かけない珍しい植物です。
  2. アクティノカルヤ (Actinocarya tibetica): チベット高原に自生する、白い小さな花を咲かせるアクティノカルヤ。高山植物であり、栽培が難しい希少種です。
  3. シンジョンストニア (Sinojohnstonia chekiangensis): 中国原産の、小さな白い花を咲かせるシンジョンストニア。岩場に生息し、個体数が少ない希少種です。
  4. トリコデスマ (Trichodesma zeylanicum): アジア、アフリカ、オーストラリアに分布する、淡い青色の花を咲かせるトリコデスマ。日本ではあまり見かけない珍しい植物です。

ムラサキ科の未来

「さまよえるムラサキ」と呼ばれたムラサキ科の植物たちは、長年の迷宮から抜け出し、ようやく安定した分類体系を得ることができました。今後、ムラサキ目の研究がさらに進み、これらの魅力的な植物たちの進化や生態について、より深く理解できるようになることを期待します。

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